ⓔコラム7-3-6 腸管出血性大腸菌感染症 ( enterohemorrhagic Escherichia Coli (EHEC) infection)
定義・概念
Stx (VT) 産生能をもつEHECによる感染症である.
原因
EHECの血清型はO157:H7が最も多く,ほかにO26,O111やO128などが知られている.VTはアミノ酸配列の違いによりStx1 (VT1) とStx2 (VT2) の2種類があり,EHECは両方またはどちらかを有する.EHECに汚染された水,牛肉,食品で経口感染する.低温や胃酸に強く,約100個以下の少ない菌量でも感染が成立する.
疫学・統計的事項
わが国では無症状者を含めて年間4000人前後の患者の届け出がある.血清型では,O157:H7が最も検出される.
病態生理
EHECが腸管上皮に線毛で付着すると,Ⅲ型分泌装置や定着にかかわる蛋白であるintiminによって強固な定着と上皮の変性を起こす.その後,Stxが上皮細胞のリボソームの障害や細胞死を起こし,出血性腸炎に至る.
臨床症状
潜伏期は3~5日である.無症状や軽い下痢の場合もあるが,半数以上に頻回の水様便や腹痛が生じる.典型例では,引き続いて鮮血便と激しい腹痛を呈する.高熱は少ない.
検査成績
末梢血の白血球数や血清CRP値が上昇する.典型例では,腹部超音波やCT検査で右側結腸の壁肥厚を認める.大腸内視鏡検査では,右側結腸に発赤,びらん・潰瘍,易出血性や強い浮腫による管腔狭小化があり,左側結腸に移行するにつれて炎症が漸減する炎症勾配が特徴的である.虚血性腸炎様の縦走潰瘍や偽膜形成がみられることがある (ⓔ図7-3-11).
診断
確定診断は,糞便からの菌の分離同定と血清型による.さらに,Stx産生遺伝子をPCR法で確認する.Stxはイムノクロマト法や逆受身ラテックス凝集法で,分離菌または食品の増菌培養後に簡易迅速に検出できる.血清抗O157 lipopolysaccharide Ig (immunoglobulin,免疫グロブリン) M抗体の測定が,迅速診断や培養陰性例での診断に有用である.鑑別すべき疾患は,細菌性赤痢,カンピロバクター腸炎,サルモネラ腸炎や虚血性腸炎である.小児では,特に虫垂炎,腸重積やIgA血管炎との鑑別に注意を要する.
合併症
初発症状の数日~2週間以内 (多くは5~7日後) に血栓性微小血管障害であるHUSや脳症などの重篤な合併症がみられる.HUSは有症者の6~7%に合併し,溶血性貧血,血小板減少,腎機能障害を3主徴とする.HUSや脳症への移行は,乏尿,頭痛や意識障害などの症状や,白血球増多,破砕状赤血球の出現,血小板減少,血清ビリルビンとLDHの上昇と尿所見の異常に注意する.特に,小児と高齢者は重篤化しやすく,HUS発症者の致死率は1~5%である.出血性大腸炎の程度にかかわらず,重篤な合併症が起こりうることに留意する.
治療・予後
ⅰ) 対症療法: 安静を保たせ,下痢や脱水の程度に応じて輸液を行う.排菌を遅延させる止痢薬や抗コリン薬は原則として投与しない.強い腹痛に対しては,副作用に注意して慎重にペンタゾシン (成人は1回15 mg) を注射する.HUSや脳症が発症した場合は,血液透析,輸血,抗痙攣薬・脳浮腫改善薬投与などの厳重な全身管理を行う.
ⅱ) 抗菌薬: 抗菌薬投与については賛否両論ある.欧米では,抗菌薬が菌体を破壊してStx放出を促進するという懸念から,使用に懐疑的である.わが国では,感染早期の抗菌薬投与が重症化予防に有効との見解が支持されている.厚生労働省の「一次,二次医療機関のための腸管出血性大腸菌 (O157など) 感染症治療の手引き (改訂版) 」によれば,病初期の抗菌薬投与が推奨されているが,主治医の判断で対応する.
法的対応
感染症法では三類感染症として保健所への届け出義務がある.
〔外間 昭〕
■文献
Croxen MA, Law RJ, et al: Recent advances in understanding enteric pathogenic Escherichia coli. Clin Microbiol Rev, 2013; 26: 822–880.
Donnenberg MS: Enterobacteriaceae. Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases, 8th ed (Bennett JE, Dolin R, et al eds), Elsevier Saunders, 2015; 2503–2517.
厚生労働省:一次,二次医療機関のための腸管出血性大腸菌 (O157等) 感染症治療の手引き (改訂版).http://www.mhlw.go.jp/o-157/manual.html
Russo TA, Johnson JR: Diseases caused by gram-negative enteric bacilli. Harrison’s Principles of Internal Medicine, 20th ed (Jameson JL, Kasper DL, et al eds), The McGraw–Hill, 2018; 1146–1158.
滋野 俊,赤松泰次,他:腸管出血性大腸菌感染症.胃と腸,2018; 43: 1613–1620.
外間 昭:腸管出血性大腸菌感染症.今日の治療指針2018年版 (福井次矢,高木 誠,他編),医学書院,2018; 175–176.